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UXのROIをどう語るか ―― 私が現場で試してきたこと

Yusuke Inoue
9 分で読める

「UXは大事だと思うんですが、経営会議で数字で示せなくて、なかなか稟議が通らないんです」

事業責任者やマネージャーの方から、こうした相談をいただくことがあります。UXの重要性は自分では分かっている。でも、経営層に説明する時に、うまく数字で語れない。結果として、UXの取り組みが後回しになってしまう。

これは、UXに関わる人なら誰もが一度は直面する壁だと思います。

今日は、私がこれまで経営会議で試してきた「UXのROIの語り方」について、いま考えていることを書いてみたいと思います。


そもそも、UXは正確なROIを出しにくい

まず前提として、UXの取り組みからきっちりとしたROIを算出するのは、簡単なことではないと私は考えています。

たとえば「UXリサーチをしましょう」となった時、そのリサーチのリターンをどう計算するか。ユーザー調査の結果をもとにサービスを改善したとして、その改善が売上に何%効いたのか ―― これを純粋に切り出すのは、なかなか難しい。

Webサイトの改善なら、マーケが打ったキャンペーンや季節要因が数字に絡んできます。プロダクトの改善でも、UIの変更と機能追加の影響を綺麗に分けるのは、簡単なことではありません。

ただ、正確なROIを出せなくても、意思決定に足る精度の数字に近づけていくことはできる、というのが私の考えです。UXの性質上、完全な数値化は難しいけれど、経営会議で通用する形に翻訳する努力はできる。ここが、UX側の腕の見せ所だと思っています。


それでも、経営会議では数字で語らなければならない

とはいえ、経営会議は「感覚」で判断する場ではありません。経営者は、投資対効果が見えないものに、簡単にはGOを出しません。

そしてそれは、経営者として正しい判断だと、私は考えています。分からないものに投資するのは、ある意味でギャンブルです。経営者の仕事は、リターンが見込めるかどうかを判断すること。だから「UXは大事だから、とにかくやりましょう」という言い方では、通らないのが当然なのです。

だからこそ、UX側の責任として、「経営会議で通る形」に語りを翻訳する努力が必要になります。


UXの価値を「数字に翻訳する」時、私が試してきた方法

UXの価値を数字に翻訳する方法は、プロジェクトごとに違います。ここで書くのはあくまで一例ですが、私がこれまで経営会議で試してきた中で、よく使ってきた2つのアプローチです。

① カスタマーサポートの声から入る

ひとつめは、カスタマーサポートに集まる声を起点にするアプローチです。

「いま、コールセンターに、このような問い合わせが月に○件来ています。1件あたりの対応コストは○円なので、月に○円のコストが発生しています。この問い合わせは、サービス側の設計を改善すれば、○割は減らせると推測できます」

これは、コストダウンの文脈で語る方法です。UXの改善によって、サポートに来る問い合わせを減らせる。減らせた問い合わせ数×対応コスト単価で、リターンが概算できる。

もし社内にコールセンターやサポートチームがあるなら、そこの声を分析するところから始めるのが、最初の一歩として現実的だと思います。

② 「回避できた誤った投資」で語る

ふたつめは、直接的な売上増ではなく、「回避できた誤った投資」として語る方法です。

たとえばUXリサーチをする前に、こう伝えます。

「いま、この機能について、いくつかの仮説があります。仮に、リサーチをせずに全部の仮説を実装した場合、開発費は○円かかります。一方、リサーチをすれば、これらの仮説のうち、いくつかは『実装する必要がない』と判断できる可能性があります。仮に半分の仮説が潰せたとすると、開発費は○円節約できます」

つまり、「UXリサーチをすることで、無駄な開発投資を回避できる可能性がある」という文脈で数字を組み立てるのです。

これなら、リサーチの費用と、回避できるかもしれない開発費を比較できます。もちろん正確な数字ではありません。「仮説のうちいくつ潰せるか」は、リサーチをしてみないと分からない。でも、意思決定に耐える程度の精度は、この方法で担保できます。


この2つに共通しているのは、「UXが生み出す売上」を直接語るのではなく、「UXが避けさせる損失」を数字にするというアプローチです。UXのROIを正面から語るのが難しい時は、損失回避の文脈から入ることを、私は意識してきました。


指標選びは、案件ごとに変わる

数字で語る、という話をもう少し続けます。

UXの成果を測る指標として、NPSやCVRといった定量的な指標を思い浮かべる方も多いと思います。実際、経営会議で使いやすい指標として、これらは有効です。

ただ、私自身の考えとしては、「これさえ取っておけば大丈夫」という万能な指標は存在しないと思っています。案件によって、追いかけるべき指標は変わります。ユーザー満足度をNPSで測るのが適切な場合もあれば、別の形で顧客満足度を取った方がいい場合もある。CVRを見るべき時もあれば、CVRだけでは意味を捉えきれない改善もあります。

だから重要なのは、「どんな指標を、どうやって取り続けるか」をプランニングの段階から考えておくことだと、私は思っています。プロジェクトを始めてから「効果測定、どうしよう」と考えるのでは遅い。最初から、この施策の成果は何で測るのか、その数字はどう取るのかを設計しておく。

経営会議で説得力のある数字を出せる人は、この「指標を選ぶセンス」と「取り続ける仕組み」を持っています。これは日々の業務の中でしか磨かれない部分でもあるので、意識して取り組む価値があるところだと思います。


「主語をユーザーにする」というルール

ここまで数字の話をしてきましたが、経営会議で伝えるのは数字だけではありません。同じくらい大事なのが、話す時の主語だと私は思っています。

経営会議に出席していると、周りの発言の主語は、ほとんどが「ビジネス」「お金」「技術的にできるかどうか」です。それは当然のことです。事業を回すために必要な議論だからです。

でも、その中で「ユーザーを主語にした発言」が、ほぼゼロになる時があります。全員がビジネス側と開発側の話をしている時、ユーザーの視点は、意識的に持ち込まないと消えてしまうのです。

だから私は、自分のルールとして「可能な限り、ユーザーを主語にした発言をする」と決めていました。相手が誰であっても ―― 社長でも役員でも ―― 「ユーザーの立場から見ると、こうではないでしょうか」と伝えるのは、UXを担当する自分の仕事だと考えていたからです。

ただし、否定だけで終わらせないのが大事です。懸念を伝えるだけでなく、「懸念はあるが、こういう方法なら、その懸念を排除しつつ、やりたいことを実現できる」という提案をセットにする。そうすれば、単なる反対意見ではなく、建設的な議論として受け止めてもらえます。


数字を持たなくても、言い切っていい時がある

これは矛盾するように聞こえるかもしれませんが、「調べなくても言えることは、自信を持って言い切っていい」とも、私は考えています。

普段からユーザーリサーチをして、コールセンターの声を見て、ペルソナが頭に入っている状態であれば、「これはユーザーが嫌がる」「これは絶対にやらない方がいい」と直感的に分かることがあります。

そういう時にわざわざ「では、これを裏付けるためにリサーチをしましょう」と言うのは、時間とお金の無駄です。プロフェッショナルとしての判断で言い切る。それは、UX担当者のプレゼンスを確立する上でも重要だと、私は思っています。

もちろん、少しでも自分の主観が入りそうなら、リサーチをすべきです。でも、経験と蓄積された知見に基づいた判断であれば、自信を持って言えばいい。


反論が来た時に、どう受け止めるか

経営会議で言い切ると、当然、反論が来ることもあります。上層部と話していると、これはしょっちゅう起きることです。

その時、人間として自然な反応は「いや、こうです」と反論を返すことです。私自身も、性格的に「言い返したくなる」タイプでしたから、この気持ちはよく分かります。

でも、そこで踏みとどまるようにしてきました。

なぜなら、上層部の方が言うことには、絶対に意味があるからです。自分たちよりも広い情報を持っていて、いろんな角度から物事を見ています。近しい会社の経営者と話した内容、業界全体の動向、自分たちが把握していない社内の事情 ―― そういうものを踏まえた発言であることが、ほとんどです。

だから、反論が来た時こそ、「なぜそう思われたのか」をもう一度聞く姿勢を持つようにしていました。相手の意図を理解した上で、もう一度自分の考えを組み立て直す。その方が、結果的に自分の提案の精度も上がりますし、上層部との距離も縮まっていきます。

これは、UXの話に限りません。上に立つ人ほど、自分たちには見えていないものを見ています。「トップダウン」「突拍子もないことを言っている」と切り捨てるのではなく、その裏にある意図を考える ―― これは、UXデザイナーやリサーチャーとしての姿勢としても、社会人としての姿勢としても、大事なことだと思っています。


稟議に通らなかった時

経営会議で稟議が通らなかった時の話をしておきたいと思います。

自分が持っていった提案が承認されない ―― これはショックな体験です。でも、そこで気持ちが折れる必要はないと、私は思っています。

なぜなら、経営会議のような場で「UXについてのディスカッションが起きた」というだけで、それは価値のあることだからです。

UXが会社の文化として根付いていない状態では、経営会議でUXの話題自体が出ないことが多いのです。それが「議論の対象になる」ようになった時点で、一歩前進しています。今回は通らなくても、次にUXの提案を持っていく時に、「前回のあの話に近い件ですが」と繋げられる。

もちろん、20回持っていって20回とも通らないのであれば、それは別の問題です。提案の質、伝え方、選ぶタイミング ―― 何かが噛み合っていない可能性があります。その時は、通ったケース・通らなかったケースを振り返り、なぜそうだったのかを分析することが必要です。

でも、一度や二度、通らなかっただけで諦めてはいけない。UXの重要性は、地道な議論の積み重ねでしか、会社に根付いていかないのだと思います。


最後に

UXのROIを経営会議で語るのは、簡単なことではありません。正確な数字が出しにくい領域を、意思決定に足る形に翻訳する仕事だからです。

でも、そこに向き合えていること自体が、UXに真剣に取り組んでいる証だとも思います。伝え方は工夫できる。数字の作り方も、話の運び方も、姿勢も、少しずつ改善していける。

私自身も、いま経営会議に出席する立場になって、なお試行錯誤を続けています。この記事に書いたことも、決して「正解」ではありません。あくまで、私が現場で試してきたことです。一緒に考え続けていければと思います。