Deal

「UXの優先度を上げる難しさ」について

Yusuke Inoue
7 分で読める

UXコンサルティングの仕事をしていて、よく耳にする悩みがあります。

「UXは大事だと思っているのに、社内でなかなか優先度が上がらない」

事業責任者やマネージャーから、こうした相談を受けることは少なくありません。気持ちはとてもよく分かります。私自身も、前職でUX部署を率いていた頃、同じ壁に何度もぶつかってきました。

ただ、この問題を考えるうえで、ひとつ大事な視点があると私は思っています。それは、「優先度が上がらない」のではなく、「そもそも優先度を決める評価項目にUXが入っていない」ということです。


UXは「項目として存在していない」ことが多い

多くの会社では、開発や施策の優先度を決める時に、ビジネスインパクトと開発工数の二軸で評価していると思います。ビジネス側で「これくらい売上が上がる」と数値化し、開発側で「これくらいの工数がかかる」と見積もる。その掛け算で優先度を決める ―― これは、ある程度の規模の会社なら当たり前の仕組みです。

でも、その評価項目に「ユーザーインパクト」が入っているかというと、入っていないことがほとんどです。

つまり、UXは「優先度の比較対象にすら入っていない」状態に置かれていることが多い。優先度が上がらないのではなく、そもそも土俵に上がれていないのです。


なぜ、UXは項目として入りにくいのか

ここで難しいのが、UXは数字にしにくい、という現実です。

ビジネス側は「これくらい儲かります」とROIで語れます。だから経営者にも伝わりやすく、判断もしやすい。一方でUXは、「これをやったから、これだけ数字が上がります」と確実に言うのが、とても難しい領域です。

私は、経営者がUXに踏み込めないのは、ある意味で当たり前のことだと思っています。経営者の仕事のひとつは「何に投資して、どれくらいのリターンが見込めるか」を判断することです。リターンが分からないものに投資するのは、本質的にギャンブルになる。だから、分からないものに踏み込まない判断は、経営判断として正しい。

これを「経営者の理解がない」と一方的に責めても、何も変わりません。UXを推進していく側の責任として、価値をきちんと証明し続けることが必要なのだと、私は考えています。


多くの経営者は、「UXは大事」と思っている

ここでひとつ、私の実感をお伝えしておきたいことがあります。

私はよく経営者が「UXを良くする必要がある」と言っているのを耳にします。UXの捉え方が人によって少しブレることはあっても、「大事じゃない」と言い切る経営者には、ほぼ出会ったことがありません。

ただ、「どれくらい大事か」「具体的に何をすれば、どれくらい良くなるか」が、頭の中ですぐにイメージできない。そのために、優先度を上げきれない。それだけの話だと思うのです。

経営者の意識がないわけではない。価値を実感できる材料が、まだ手元にないだけなのです。


「短期 vs 長期」の二項対立ではない

UXの優先度の話をすると、よく「短期の売上か、長期の体験か」という議論になります。

ただし、0か100かの話ではないのがポイントです。リソースの全部を短期に当てる、あるいは全部を長期に当てるという話ではなく、配分の問題だと考えています。

私の経験から言うと、リソース全体の8分の1から10分の1程度を長期に当てるだけでも、効果は十分に見えてきます。常にユーザーの声を集め続けるチームを、小さくていいから作る。CSの声、オフラインイベントの会話、ユーザー調査の結果 ―― いろんな媒体から声を集めて、分析し続ける。

その小さなチームがあるだけで、「次に何をすべきか」を考える時、自然と相談が集まるようになります。UXがUX部の中だけで止まらず、他部署にも染み出していく。そういう文化が、徐々に育っていきます。

短期と長期は、対立するものではない。両方をセットで回すサイクルを、どう作るかの話なのだと思います。


「常にユーザーを主語にする」という、私のルール

ここから少し、私自身の話をします。

前職でUX部を率いていた頃、私が意識して続けていたことがあります。それは、会話の中で常に「ユーザー」を主語にするということです。

ビジネス側、テック側、いろんな人と打ち合わせをしていると、主語は自然と「ビジネス」「お金」「技術的にできるかどうか」になります。それはそれで当然なのですが、その中でユーザーが主語になることは、ほぼゼロに近くなる。

だからこそ私は、自分のルールとして「可能な限り、ユーザーを主語にした発言をする」と決めていました。発言の数も、意識的に多くしていました。

なぜなら、自分自身のプレゼンスが、そのままUX部のプレゼンスになると思っていたからです。UX部の責任者が発言しないなら、組織の中でUXは存在しないも同然です。だから、ユーザーを主語にした発言を、地味でも続けていく。

これは派手な戦略ではありません。でも、こうした地道な積み重ねが、組織のUXへの意識を少しずつ変えていったと、振り返って思います。


UXは「他の領域と並べて語れる」必要がある

もうひとつ、私が意識していたことがあります。

UXのことだけを語っていると、すぐに「理想論」と片づけられてしまいます。ユーザーの体験を良くするのは大事 ―― それは誰も否定しません。でも、ビジネスの数字や開発のコストを度外視した発言は、いくら正しくても、組織は動きません。

だから私は、UX・ビジネス・開発コストの3つを同じ俎上に乗せて発言することを意識していました。ユーザー視点を持ちながらも、ビジネスと開発の制約をきちんと踏まえる。その3つのバランスを取った発言ができると、UX部が「一緒に仕事をすべきチーム」と認識されるようになります。

UXの優先度を上げるというのは、UXだけを切り取って主張することではない。他の領域と対等に並べて語れる状態を作ることなのだと、私は考えています。


UX部がない環境で、どう動くか

これは少し別の話になるのですが、UXの優先度を社内で上げきれずに悩んでいる方には、伝えたいことがあります。

特に、UX部がない会社で、マーケや別の部署の中にUX担当として配置されている方。上司がUX未経験で、なかなか話が通じない ―― そんな環境にいる人は、決して少なくないと思います。

こうした状況にいる方には、まずは直属の上司ひとりに、UXの重要性を分かってもらうことから始めるのが現実的だと、私は考えています。

長い道のりかもしれません。すぐに変わるものではないし、組織全体を一気に動かすことはできない。でも、目の前のひとりに伝え、その人が共感してくれた時、組織の中に小さな足場ができます。その足場を起点に、少しずつ広げていく。

遠回りに見えるかもしれませんが、UXを組織に根付かせる仕事は、結局のところ、こうした地道な対話の積み重ねだと、私は思っています。


UXを組織に根付かせるファーストステップ

では、どうすればUXの理解が少ない組織において、最初にすべきことはなにか。それは、数字にしやすい案件から成果を出していくことだと、私は考えています。

たとえばWebサイトの改善でも、ユーザー調査をベースに改善した結果、数字が上がったと言いきれるといいのですが、実際には外部要因が絡みます。マーケが別のキャンペーンを打ったり、季節要因で流入が変わったり、商品自体の魅力が数字に効いていたり。

だからこそ、外部要因を排除して「UXの取り組みが、純粋にどれだけ数字を動かしたか」を語れる仕組みを、最初から組み込んでおく。これが、UXを土俵に上げる最初のステップになると思っています。

数字にしないと語れない ―― この前提を受け入れたうえで、語れる数字を作りにいく。それが、UXを推進していく側の責任だと考えています。


最後に、ひとつだけ

UXの優先度を上げる難しさについて、ここまで書いてきました。

最後にひとつだけ、付け加えたいことがあります。

何か施策をやったら、一緒にやった人に、その結果をきちんと伝えること。UX部だけでなく、ビジネス側も開発側も、いろんな人と協力してプロジェクトは動きます。その人たちに「あなたと一緒にやったプロジェクトで、ユーザーにこんな変化が生まれた」と、ちゃんと伝える。

地味なことのように見えますが、これが仲間を増やし、UXの価値を組織に広げていく、一番確実な方法だと私は思っています。

UXの優先度を上げる仕事は、本当に難しい。専門性も、コミュニケーション能力も、両方が問われる。でも、そこに向き合えていること自体が、すでにいい場所に立っているということです。世の中をどう動かしていくか ―― そう考えながら、私もまた、自分の現場で考え続けています。